ママの木
新年を迎えた朝。
木には桃がなっていた。
「こんなんじゃ、かっこ悪くて遊びに行けないよぉ」
ぼくは、鏡を前に顔をゆがませた。
いつもぼくをいじめるオサムの、大きなヒマワリが目に浮かぶ。
「げーぇ。実のついた木なんかで、よく外を歩けるよなあ。かっこわりぃー」
……声まで聞こえてきそうだ。


「ねぇ、パパ。お願いがあるんだけど」
朝から酔っぱらって、パパはすっかりご機嫌で、テレビなんか観てる。
「よしよし。今年のお年玉は豪華だぞぉ、ほら。でもその前に、新年のあいさつをしなさい」
明けましておめでとうございます、口先だけのセリフだったけど、パパはそれで満足したらしい。
「むだ遣いするんじゃないぞ」
なんてえらそうなパパの手から、厚みのあるお年玉袋を受け取って、ポケットにしまい込み、
「あのね、パパ。お願いっていうのは、この桃の木のことなんだ」
頭を指さして言うと、とたんにパパの顔つきが険しくなった。
「見てよ、これ。もう実がなっちゃったんだよ。こんなんじゃ、かっこ悪くて学校にも行けないよぉ」
「……冬休みにわざわざ学校に行かなくてもいいだろう」
——ったく、いつもこの調子だ。
「パパ。ぼく、移植手術を受けたい。お金もちゃんと貯めてあるよ。ね、いいでしょ」
しばらくの間があって、パパはひとこと、
「だめだ。許さない」
それだけ言って、もうぼくの方を見なくなった……。


——みんな、ママのせいだ。
部屋に戻ったぼくは、ふたたび鏡を前に座りこんだ。
ママは、産まれたぼくの頭に生えているのが桃の木だと知らされても、
「けっしてこの子を傷つけないで」
機能的な花の咲く木に植えかえましょう、というお医者さんの言葉をかたくなに拒否したらしい。
しかも、それだけ言って死んじゃったってんだから、もう最悪。
「お前の命はお前だけのものじゃないんだ」
なんてパパは口癖のように言うけれど、ぼくにとってはそんなの、メンドクサイだけだ。
ぼくは、鏡の中の桃の木を、じっとにらみつけた。
頭に生えた木は、ぼくたちに酸素を供給してくれる。『共生』って理科の時間に習ったっけ。
何度も自分で引っこ抜こうとしたけれど、頭の皮がひっぱれて、まるで髪の束をつかまれてるみたいに痛かった。
——待てよ。
突然、ひらめいた。
ぼくは、左手で鏡を支えたまま、そっと右手をのばして、桃の実をつかんだ。
——これさえ取ってしまえば……。
桃は、拍子抜けするほど簡単にもげた。
間近で見る桃の実は、本当においしそうで。
ぼくは迷わず、皮をむき始めた。
大きく口を開いて、かじりつく。
桃の甘い香りが、口の中いっぱいに広がる。
それは、今まで食べたどんな桃よりも、甘くておいしかった。
ただ、その桃には種がなかった。
固い大きな種のかわりに、何かぐんにゃりとした丸いものがある。
ついでにそいつも口に放り込んだ。
なんだか妙な歯ごたえだったけど、とてもおいしかった。
「……食べたか」
いつのまに入って来たのか、パパがいる。
パパはぼくに歩み寄り、
「いい子に育ってくれよ」
と、ぼくのお腹にそっと手をあてた。


そして一年。
ぼくら一家はすっかり有名になった。
あのオサムがサインを求めてくるほどだ!
ぼくの桃の木を発表して世界農林水産カーニバルで金賞を受賞したパパは今、ママを早くおとなにするための研究に没頭している。
ぼくはというと、——。
ぼくが産んだママを背中であやしながら、ぼくを産んだママの十三回忌をいったいどうすべきか、とても悩んでいる。
